2015年12月9日水曜日

「忍者百人衆 江戸で伊賀/甲賀の気配を探れ」(後編)

散歩の続き。

「忍者百人衆 江戸で伊賀/甲賀の気配を探れ」
三重大学「忍術学」山田雄司教授のガイドで伊賀甲賀ゆかりの史跡を巡る
忍者百人衆 江戸城下探索の巻(その弐)
開催日:平成27年12月6日(日)
主催:伊賀上野観光協会、甲賀市観光協会

寒松院を後にして、黒衣の一行はJR上野駅で一時解散し、各自山手線に乗車した。JR千駄ヶ谷で再集合せよとのこと。途中、JR秋葉原駅で総武線に乗り換えるわけだが、ホームで電車を待つ忍者集団は客観的に見ても現実離れした光景であった。

本人たちは既に自分の姿に慣れてしまい、しかも出発してから2時間以上も歩き続けていたため、車中では至って大人しく、口数も少ない。周囲の乗客は新しいデモあるいは広告の形態かと訝しみ、「あれ日本人かしら」「いえ中国人よ」といった囁きも聞こえたが、基本関わりあいにはなるまいという様子である。手すりにもたれるお疲れ忍者に席を譲ろうなどという奇特な者などあるはずもない。実際、目の前に腰掛けるうら若き女性は忍者を完全無視すべく、対処法としてポーチより鏡を取り出して化粧を始めるのであった。一行はもはや空気と化していた。
(問)忍者はほんとに消えることができたのですか?
忍者が巻物を銜(くわ)えて印を結び、煙の中にきえる錦絵をよく目にすることがあります。でも、忍者が透明人間になることはありません。それは、視線を一瞬ちがうものに誘導し、人の心理のあるいは視覚の一瞬のスキをついて、さも消えたように見せたのです。
忍術の極意の一つは、「嘘」をさも「真実」に見せる、逆に「真実」を「嘘」にみせることなのです。
(伊賀流忍者博物館のホームページより)





さて。

JR千駄ヶ谷駅で再集合した一行は一列になって歩道を進み、5分ほどで鳩森八幡宮に到着した。
こちらの境内に甲賀忍者ゆかりの甲賀稲荷神社が合祀されている。三重大の山田教授が配布してくださった資料の古地図によると、甲賀衆は現在の神宮球場や国立競技場付近に組屋敷をもらって住み、隣接する御鉄砲場で演習をしていた。甲賀稲荷神社もそのあたりにあったが、明治時代になって青山練兵場を設置するため鳩森八幡宮に移されたのである。現在、甲賀忍者の末裔である遠藤宗家も鳩森八幡宮の氏子大惣代(信者の代表)を務めている。





ところで鳩森八幡宮には富士塚という溶岩を積みあげてできた小山があり、これを登ると富士山登頂と同じ御利益が得られるとのことである。山頂には浅間神社の奥宮、山麓には里宮が配されるなどミニチュア富士山が再現されており、忍者たちは嬉々として富士山に挑み、3分ほどで登頂を成功させていた。



鳩森神社では特製のおにぎり弁当(伊賀・甲賀は琵琶湖由来の土により米が旨い)に加え、地元商店会の御厚意による温かい豚汁やつきたて餅の振舞いを心ゆくまで堪能した。英気を養って再び歩きだし、“お化けトンネル”で知られる仙寿院下を通過、外苑西通りを渡って古地図に「青山甲賀衆百人組」と記された拝領地付近(国立競技場あたり)を眺めながら、大勢の人でごった返す秩父宮ラグビー場を背にして青山高校脇の小道から青山熊野神社へと向かった。このあたりまでくると、気力だけで皆について行っているようなところがあり、不謹慎にも汁粉が食べたいなどと思ううちに山田教授の解説をすっかり拝聴しそびれたが、要は伊賀衆との関連が深い場所とのことであった。





その後、ルートは人通りの多いエリアへと入ってゆく。ザ・表参道である。お洒落に着飾った若者たちの好奇の視線に曝されながら渋谷川暗渠(キャットストリート)をひたすら直進し、表参道を横断した後再び渋谷川暗渠を進む。ラルフローレン デニム&サプライのところの小道を入って突き当りの坂を登ってゆくと右手に伊賀忍者ゆかりの穏田(おんでん)神社がある。本日のクライマックスを迎えたわけである。

日本有数の観光地でありファッション聖地であるこの一帯はかつて穏田村と呼ばれ、江戸に移住してきた伊賀忍者が暮らす場所だった。穏田神社は明治に改称されたもので、古地図には「第六天社」と記されている。第六天、すなわち魔王を祀る神社であったということだ。魔王ではあるが日本神話においては完璧を意味する神であり、美や芸事を司る。忍者の源流ともいわれる修験道で信奉されたことから、伊賀衆が暮らす村の鎮守として祀られたのも自然なことであっただろう。





穏田という名の通り、渋谷川(穏田川)に水車がかけられ美しい田園風景が広がっていたそうだ。葛飾北斎も富嶽三十六景のなかで景勝地として描いており、伊賀衆も普段は耕作などして平和に暮らしていたのかもしれない。最先端ファッションの街がかつて忍びの村だったとは驚きの事実である。どれほどの手柄を立てても影の存在として人知れず生きのびることを定められた者たちは、現代のこの地に溢れる“忍ばない”美徳をどのように見守っておられるのだろうか。

歴史は本当に面白い。壮大な時間の流れのなかで幾度となく上書きされた土地の上に立ち、今を生きていることの不思議さ。傍から見れば、間違いなく怪しげな趣味趣向の集団と映ったことだろうが、当の本人たちはそれなりに真面目なことを考え、目に涙すら浮かべながら約10キロの道のりを歩いていたというわけなのである。(終)






(2月26日追記)

わあ、そして遂に、満を持して。




2016年7月2日(土)~10月10日(月・祝)
日本科学未来館 1階 企画展示ゾーン

本 展は、現代科学の視点から忍者の技術や身体能力、知恵がいかなるものだったのかに迫る企画展です。医学・薬学・食物・天文・気象・火薬・脳科学など忍者の 持つ多方面の知恵について、三重大学の学術研究面での協力などを得て、様々な視点からアプローチし解き明かしていきます。

日本科学未来館で、忍者を科学する!!??

忍者って凄いんだよ、、ダイエットにもなるんだよ。。