ものが創られる場所、について考える。
仕事の流れや専門的な技術についてはわからなくても、その場所がもっている独特の空気、音、匂い、を私たちはきっと敏感に感じ取る。そして、ものが生まれる現場の厳かなオーラに不思議な高揚感を覚えることだろう。その場所が長い時間を積み重ねてきたのであればなおさらだ。幾世代も使い込まれ、大切に手入れされてきた宝物のような機械や道具たちは、ものづくりの精霊が宿ったかのように生き生きと自分の仕事に没頭する。つくることが楽しくてたまらない、というような様子で。
いや、そこで働く職人や関係者たちにとってはいつもの職場であり、食べるための仕事であり、機械だってその時間がきたから動いているだけなのだけれど。でも、初めてそれを目の当たりにする人にとっては非日常だ。ものが生み出されていくその場所に立つだけで、人間の生き方を再認識させられ、心が洗われる。なんて言ったら大げさだろうか。
そもそも、工場や工房といったものは、技術を秘密にしておく必要もあるだろうし、場合によっては音や匂いも出るし、なかなか公に対して開かれる場所ではない。大抵はとてもパーソナルで奥まった場所にひっそりと佇んでいる。そのためかえって素人にはミステリアスで神秘的な場所に感じられてしまうのだ。「すごい。誰も知らない場所で、こんなにすごいことが起きているなんて!」と、まるで大変な秘密を知ってしまったような気持ちになる。
その感動は、ものづくりや創作に関わる人ならいっそう強く深いことだろう。そしてきっとクリエイティブの本能を刺激されてこう思うに違いない。「私もここで創ってみたい。この場所でしかできない創作に従事してみたい」と。
パリ・リトグラフ工房idemから――現代アーティスト20人の叫びと囁き
「君が叫んだその場所こそがほんとの世界の真ん中なのだ」
2015年12月5日(土)~2016年2月7日(日)
東京ステーションギャラリー
本展は、パリ・モンパルナスで100年以上の歴史をもつリトグラフ工房「Idem Paris(イデム・パリ)」を舞台に、その場所の魅力、魔力に取り憑かれた現代アーティストたちの版画作品を紹介する展覧会だ。工房と作家の恋愛物語、と言ってもよいかもしれない。何十年も変わらず大きな機械が油やインクの匂いをさせ、軋む音を立てながら、石版に描かれた絵を紙に刷っていくリトグラフ。メディアも技法も精神ですらも、色々なことがデジタル化されていくなかで、なぜアーティストたちは旧い隠れ家のような工房に引き寄せられるのか。展示された130点のリトグラフを眺めていると、なんとなく彼らの“叫びと囁き”が聞こえてきそうである。
本展は原田マハさんの小説『ロマンシエ』と密接にリンクしており、フィクションと現実を交えた企画力が際立つユニークな展覧会でもある。小説は小気味よい疾走感があって、クリエイティブな仕事に携わる人にはホロリとくる場面も。ご興味があれば一読してから会場に向かうとよりいっそう展覧会を楽しめることだろう。
デヴィッド・リンチ「idem paris」より |