2017年4月9日日曜日

I’ll remember April

私はきっと4月のことを覚えているだろう。いつもそれは4月に起きて、世界をまるごと刷新してしまうのだ。

桜が満開の花曇りの日に、山下洋輔さんのコンサート。歓喜とイマジネーションに満ちた「SAKURA」に心踊る。漆黒のスタンウェイ・アンド・サンズから咲きこぼれる、あふれんばかりの桜花。次から次へと花びらが舞いあがり、空の彼方へと流れゆき、待ち望んだ春の訪れを祝福する。


覆いかぶさるように、慈しむように。鍵盤の上を優しく強く撫でてゆく好々爺の節くれた美しい指先が、宇宙の隅々から微細な音の粒子をかき集めて。壮大な心象の砂絵を描くように、無数の音粒たちを宙空のキャンバスいっぱいにふりかけて、次の瞬間にはそれらを一気に引き寄せて隠してしまう。

日本が誇るべきピアニスト、否、鍵盤詩人はその両眼をしっかり閉じたまま、思うままに波を描き、山を描き、そこを昔の子どもたちが賑やかに走りすぎてゆく。その残像がかろうじて私の耳にしがみつく。

私の耳にははっきりと見える、里山を駆け下りる一陣の風が春の神様の裾を引いて遊ぶ様子や、壊されるのを免れた明治の要塞が赤褐色の煉瓦の1つ1つに内包する記憶をさも愛しそうになぞる様子やら。

音は色。指は絵筆。歳を重ねるほどに心の風景画は華やかに、まろやかに、そしてどこまでも甘く。そこに言葉はいらない。私のほうは、はじめてその音に出会った20年前と何ら変わらず、ただ魂が惹かれるだけ。