ヘルシンキではアルテックの新しい旗艦店を案内してもらい、マリメッコやイッタラのお店でわくわくお土産探し、アラビアのアウトレットで親会社フィスカルスの斧を買い、クリエイティブな趣向がいっぱいのスカンジナビア料理に舌鼓を打ったりと初めての北欧を存分に楽しんだものだが、勿論それだけでありません。旅とは不思議なもので、歩けば思わぬ分野との衝撃的な出会いもあり、むしろそうした肝要な部分をお伝えするために、私はこれから鋭意頑張らねばならないところである。
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アルテックの新しい旗艦店。フィンランドの建築家エリエル・サーリネン(エーロ・サーリネンの父)が設計した建物(1921年)のリノベーションは当時の意匠を活かしている |
まあそれはおいおいやるとして、一言で言うとヘルシンキはデザイン都市だなと遅まきながら実感した(実際2012~2014年のワールド・デザイン・キャピタルに選出されていますし。ちなみに現在のWDCは台北)。大使館の冊子に「フィンランドではデザインが空気のように行き渡っている」というようなことが書かれていたが、まさにその通りで。なんだか街の広告も、サイン計画も、カフェで出てくるコップも、トイレの壁ですらも、目にするものいちいち、デザイン的な配慮のようなものを感じるのである。
デザインミュージアムでも、1800年代からのアーカイブは見応えがあった。アルヴァ・アールト、イルマリ・タピオヴァーラ、タピオ・ウィルッカラ、カイ・フランク、エーロ・アールニオ、、、フィンランドが世界に送り出したデザインの巨匠は数多い。彼らがつくりだしたプロダクト(考え方)は自然なかたちで家庭のなかに入ってゆき、人々の生活を彩ってきた。
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デザインミュージアムのアーカイブ |
雪に閉ざされ、圧倒的に室内で過ごすことが多い地域ならではの感性なのか。手で触れられる範囲のもの、家族など小さなコミュニティへの深い関心は、身近な隣人がより良く、幸せに暮らすためのデザインを志向する。こうしたデザインに囲まれてフィンランドの人たちは育ち、まるで呼吸するようにデザインの概念を取り込んできたのだろう。
あるデザイナー夫妻の家にお邪魔させてもらったが、クリエイティブや斬新さというよりはあたたかみと安心感のあるリノベーションが印象的だった。正直、ヘルシンキの町並みが美しいとは思わないが、建物の中はおそらくどの部屋でも個々の価値観に基づくインテリアがのびのびと展開されているはずだ。決して誰かに自慢するための衣・食・住ではない。家族とともに心地よく暮らすということが、フィンランドの人にとってはある意味生きる道そのものなのである。
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アラビアのアウトレットのミニ展示。 3月に工場が閉鎖され、製造が完全にアジアに移ったということで、現地の人が残念がっていた。アラビアはフィスカルスグループの傘下にある |
「VISIT HELSINKI」というヘルシンキ市の観光を担うディレクターが「デザインの力を使ってヘルシンキという都市をより良くしていきたい」と話しているのが印象的だった。外から観光客を迎えるということは、同時に世界に向かって都市の魅力を発信していくことであり、都市をより良い方向へと発展させていくことにつながる。そのためにデザインをどう使うべきか考えたい、というのだ。「単にものを作ったり、パッケージやロゴを刷新することだけがデザインではない。大切なのは考えかたをデザインすることだ」。そうした言葉が市や団体の職員、さらには訪問した教育現場から自然に出てくることに驚かされる。まさに隅々までデザイン、である。
Design Stories from Helsinki
http://www.muotoilutarinat.fi/en/
ヘルシンキ市によるデザイン戦略を紹介するウェブサイト。18世紀のクラフツマンシップにはじまるフィンランドのデザイン史を振り返り、ビジネスに貢献するデザインの時代を終え、これからは公共部門が本格的にデザイン思考を活用する時代に入るのだ、と呼びかけている。
その際、戦略デザイナーのMarco Steingergは「計画(Think)」と「実行(Do)」のプロセスが同時に行われなければならないとしている。「デザイナーは一回きりのプロジェクト(しかも結果がわかりきっているようなもの)に参加するのではなく、リアルな意思決定がなされるテーブルにつくべき。構造的な変革が求められているような事業では同時にサービスや建築などに落とし込まれるため、計画と実行を同時に行うデザイン思考のニーズが高い」
このウェブサイトでは、デザイン思考を取り入れたまちづくりの事例なども紹介している。
今回はほんとうにさわりだけ、ご挨拶程度のヘルシンキだったが、郊外へ足を伸ばせば若いクリエイターがいきいきとものづくりをしている地域もあるという。ESPOO市には、印刷工場をリノベーションしたフィンランド最大の素晴らしい美術館(EMMA : Espoo Museum of Modern Art)があり、同国の近現代美術はもちろん、今後はデザインの発信にも力を入れていくという話なので見逃せない。ちなみに日本からも多くの学生がフィンランドの大学でデザインを学んでいると聞く。そこで彼らが培ったネットワークによって、今、少しずつ両国間のデザイン分野での協働が進みつつある。ハリ・コスキネン(40代)の下の世代だ。
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EMMA |
先述のデザイナー夫妻は日本の仕事も多いという。「フィンランド人と日本人の感性は共通するところがある。仕事のやり方や慣習は異なるが、思考が似ているのでやりやすい」。
そもそも日本において北欧、特にフィンランドのデザインが長く深く愛されているのも、単に色かたち素材というだけでなくもっと本質的な何かに共感を覚えるからだと思う。今はそれについて論理的に説明できる材料をもたないけれど、引き続き同時代のフィンランドデザインを見ていくなかで少しずつ整理してゆけたら。
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色々なところでちょいちょい見かける「TOM OF FINLAND」のコラボ商品 |
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ダイナミックなスクラップぶりが妙に気になってしまいました |