2016年4月18日月曜日

毛利悠子「Pleated Image」


毛利悠子さんの個展「Pleated Image」がwaitingroomで開催中。3年ぶりとなるギャラリーでの個展がすごくいいです。

昨年の日産アートアワードや、開催中の六本木クロッシングで見たような、ある意味「集約された」感のある作品とはまた違って、ここではひじょうに良い意味で「散らかって」いる。毛利さんの発想が間断なく広がっていくのを感じるのだ。

日産アートアワード2015・グランプリ受賞作 《モレモレ:与えられた落水 #1-3》

六本木クロッシング2015出品作 《From A》

空気中のホコリや湿気など、環境を構成するエレメンツに繊細に反応し、ジャンクたちが一回性の音や動きを生み出すという、モノのエコロジー(生態系)みたいなインスタレーション。これまで毛利さんが取り組んできたベーシックな構成に加え、今回新たに組み込んだのがデジタルイメージという出力の方法だった。

具体的には、ロープが反復運動するプロセスで偶発的に電球が点灯するというメイン装置「Fort Da(wall)」(2016)の周辺に3台のスキャナーを配置し、それらが常にインスタレーションの断片をスキャニングし続けているというもの。同時に、200dpiの解像度でスキャンされた画像はFlickrにアップロードされ続けている。



個々の画像はインスタレーションの全貌を明らかにすることはない。垂れ下がってスキャナーに近づいてきたロープの一部や、スキャナーのガラス面に取り付けられたレプリカの蝶が動くために生じるモアレ、あるいはたまたまスキャナーを覗き込んだ来廊者の顔の一部など。それらはインスタレーションの概要を知るにはあまりにブレて、ボケて、曖昧だ。


とはいえ、そこに写り込んだホコリや人の影らしきものは、その空間で流れていた時間を感じさせるし、黒い縞模様のなかに装置が発する音を感じることができるかもしれない。

それは、我々が「心霊写真」を見る時のように、曖昧なイメージに対して想像力でコミットしていくことができるからだ。ハイレゾ時代に、あえて頼りない情報量しかもたないデータを排出し続けるインスタレーションの狙いは、作品(モノ)と鑑賞者のあいだにあるインタラクションをより親密なものにしてみたいということなのか。

インスタレーションの最終的な出力先は「Pleated Image」という作品である。スキャナーが無作為に一瞬を切り取ってFlickrにアップロードしたインスタレーションの断片、さらにそこから選ばれたいくつかの画像が“ライトボックス”となって空間につなぎとめられている。今、この密室で流れるように展開されているエコロジーを別次元に転送することは可能なのか、別メディアに定着させることは可能なのか。そんな問いが見え隠れするチャレンジだ。

というのも、毛利さんのインスタレーションは会期が終わるとバラされ、二度とその瞬間が戻ることはない。それをなんとか「(永遠に)つなぎとめておきたい」という想いが、それを産み落とした作家の責任あるいは欲望としてあったはずだ。しかも、写真や映像による第三者的な記録というかたちではなく、あくまで自らの手で作品の「気配」をすくい上げるというかたちで。例えば、ある時代に多くの人が制作に没頭したという「心霊写真」のように。それが今回、スキャン、転送、オブジェクト化(ライトボックス化)という一連のプロセスにつながったのではないだろうか。

(それで思い出したが、昨年墨田区のアサヒ・アートスクエアで行われた毛利さんの個展「感覚の観測《I/O ─ ある作曲家の部屋》の場合」では、インスタレーションを「数値化する」ことを試みていた。それもある意味、作品の「気配」を別メディアに定着させるための実験だったと言えるかもしれない)

「感覚の観測《I/O ─ ある作曲家の部屋》の場合」


かくしてオブジェクト化された「気配」は美しい。記憶を厳重に閉じ込めるかのように、周囲を無骨なアイロンワークのフレームで縁取った「Pleated Image」は、二次元のなかにあの空間の断片が折りたたまれている。コンセントを差し込めば内蔵のLEDライトが点灯し、過ぎ去ったアノニマスな一瞬が幻灯のようにプロジェクションされる。


記憶の中に、あの音が、あの動きが、そこにいた自分自身の小さな心の動きまでもがよみがえるようだ。しかし同時にどこか、言いようのないもの哀しさを覚えるのはなぜなのだろう。茫漠とした光のなかに哀しみ。これまで、強く明るく立ち上がっていると勝手に思い込んでいた毛利さんのインスタレーションの本質とはもしかしたら。なんてことを思った。


ところで今年はこの後、毛利さんの作品を日本で見られる機会は予定されていないとのこと。新たな展開を見せている同展をどうぞお見逃しなきよう。


waitingroom
毛利悠子 個展『Pleated Image』
2016年4月9日(土)~ 5月15日(日)
会期中は、月曜 17~23時および金・土・日曜 13~19時の開廊。

会期中に会場でスキャニングされている画像は、以下のFlickrサイトにリアルタイムで掲載。
https://www.flickr.com/photos/139876404@N07