2015年9月25日金曜日

大井川鐡道の「きかんしゃトーマス」

キャンプ場があればどこへでも行き、年中観光客をやっているような者からすれば、最強のおもてなしはやはり地元の人とのコミュニケーションである。

先日の連休、娘が大井川鐡道の「きかんしゃトーマス」に当選して静岡までキャンプがてらに出かけてきたのだが、終始驚かされたのは地元の人々の笑顔であった。

トーマス列車は、先頭のリアル蒸気機関車(トーマス)と7両の客車から成る実寸サイズのトーマスで、一日2本、千頭駅―新金谷駅間を1時間半ほどかけてゆっくりと走る観光列車である(車両の編成や本数は曜日や期間によって異なります。2015年は10月12日まで運行。あ、クリスマスにも運行するらしい。詳しくは大井川鐡道のウェブサイトをご参照ください)。

トーマスは小さい乗り物やプラレールもかわいいが、リアルサイズの方がもっとかわいらしい。千頭駅のホームで待っていると線路のカーブの向こうの林から、蒸気を「ピッピー」と吹き上げながらやってくるトーマス。その勇姿にいいトシの大人でも思わず昂り、涙が出そうになる。一生懸命働いている姿が愛おしい。グレーの顔も実物で見るとそれほど怖くはない。ちなみに目も動きます。



乗車したらしたで雄大に流れる大井川を眼下に、いくつもかかる吊橋やトンネルなどソドー島に劣らぬ豊かな自然を車窓から楽しめる。谷に広がる川根茶の茶畑の豊かな緑も素晴らしい。もちろん、時折カーブの先に見える先頭を走るトーマスの後ろ姿も感動的だ。


で、お弁当をつつきながら外を眺めていると、みんなが手を振ってくれる。病院に勤めている人も、工場で働いている人も、川で釣りをしている人も、車で追いかけてくるおじさんも、みんながこちらを見て笑いかけて、手を振ってくれるのだ。橋の上から「ようこそ」と書かれたプラカードを掲げていたご婦人もいらした。皆さん、トーマスがその場所を通過する時間を把握して待っているのだ。

顔のついたカラフルな機関車が走っていくことで、地元のみなさんにとっては見慣れた景色がファンタジーに一変する面白さもあるのかもしれないし、ガチでトーマスが好きなのかもしれないし、それは分からないけれど、たぶんみなさん来たいから来ているし、手を振りたいから振っておられる。道の駅に付属している温泉では露天風呂からはみ出るように裸の男女が大挙して手を振ってくださる。もちろん、客席の我々も裸の人々に手を振りかえす。

町中みんな笑顔である。なんと愉快なアクティビティだろうか。笑顔で手を振ってもらえる、あるいは振り返すって、他人同士でもこんなに幸せで嬉しいものかと初めて知った。ディズニーランドでキャストの人に手を振ってもらうのとはわけが違う。まさに無償の愛である。背景にどのようなライセンスビジネスが支配しているかなど無粋な詮索はこの際抜きにして、トーマスって地域を巻き込むすごいコミュニケーションデザインだった!!ということをお伝えしたかった。


もう一つ追記しておきたい。

千頭駅ではトーマス号が到着すると乗客を降ろし、客車との切り離しやロンドン発祥の手動回転台を使ってトーマスの向きを180度変え、同駅に常駐しているパーシーとヒロの横に並ばせるといった一連のイベントが立て続けに起きていく。その間、余計な司会進行や放送の類が一切入ることなく、大井川鐡道のスタッフによって淡々と作業が進められていくところが実にリアルでよい。


トーマスの世界観を借りてはいるけれど、お遊びではない。トーマスはじめ鐡道スタッフ各自がそれぞれの持ち場でその瞬間にやるべき仕事をシステマティックにこなす。その働く姿を皆さんにしっかりお見せする、という旨のエキシビションなのである。言われてみれば、トーマスのアニメ自体も徹頭徹尾与えられたお仕事をいかにやり遂げるかというお話である。突然音楽が聞こえてきてミュージカルが始まったりはしない。無駄な動きを排したリアルな仕事っぷりへのこだわりがこのイベントに深みを与えているのだろう。