2016年7月22日金曜日

学術と美術のあいだ


菊池敏正「対峙する客体―形態の調和と造形―」
2016年7月16日(土)ー 7月31日(日)会期中無休 入場無料


待望の、菊池敏正さんの個展である。かねてより、東京大学総合研究博物館インターメディアテクでの取り組みや、メグミオギタギャラリーでのアーティスト活動など、ひじょうに興味深く拝見してきた。

東京藝術大学で文化財保存学の博士となり、その後東京大学の特任教授を務めながらアーティストとしての活動も積極的に行っているという、ユニークなバックグラウンドと多彩な「顔」をお持ちの菊池さん。その作品のおもしろさは、ご自身が関わっている学術と美術のあいだにある「濃密な探究の時間」の抽出、とでも言えばよいだろうか。



かつての近代科学が神話や信仰と深く関わっていたように、学術(研究)と美術(創作)のあいだに実は本質的に隔たりなどないのかもしれない。どちらも理屈抜きに、ある対象の「美しさ」にとりつかれた人間の取り組みでしかないのではないか。例えば、菊池さんが幾何学模型をモチーフに制作した彫刻シリーズ「Geometrical Form」を眺めているとそんな人間の純粋な営みについて思う。

本展では、緊張感ある「Geometrical Form」シリーズを散りばめつつ、新作ではガラスの試験管によるコンポジション、土台に載せられたウニ、ジョセフ・コーネルのように額装された貝の標本など、「古物」というアプローチ。材料そのものには特別な加工を施していない。作家が「かたちのおもしろさで選び、収集した」ものだから、そのままを展示する。




軟体動物の化石をモチーフにした彫刻もある。身近にそれを研究している人がいて、教えてもらったそうだ。菊池さん曰く、「研究者にとって研究の動機は、そもそものかたちの美しさや理屈では説明しきれないものだったりする。何も知らない人がこの彫刻を見た時に、生物と思うか、数理モデルと思うか、それはわからない。そういったわからないところがきっとおもしろい。予定調和ではつまらない」。



幾何学模型の彫刻が並ぶなかに、ひとつだけ古いのこぎりが置かれている。気になる。漆芸という伝統的な方法でつくった幾何学のかたちと、ある時代ある場所でおそらくある民族の誰かが生活に必要な作業のためにつくった大きなのこぎり。どちらも既に役目をおえて静かに佇む物もののあいだに、息巻いて論じる余地など残されているだろうか。そこにあるのはただただ美しい、あるいは、ただただおもしろいかたち。だとすれば、私はその前に立って息を呑むだけだ。