浮世絵から写真へー視覚の文明開化ー
江戸東京博物館
2015年10月10日(土)~12月06日(日)
江戸時代に版画が普及して日本人は複製という概念を手に入れたが、1848年(嘉永元年)にダゲレオタイプ(銀板写真)が輸入され、より簡単にありのままに世界を描きとめる方法を知るのである。その3年後にはコロディオン湿板法(湿板写真)を導入した日本人初のカメラマン・上野彦馬が「ポトガラヒー」と記述。明治に入ると写真師という職業が生まれ、多くの写真館ができ、誰でも自分の姿の複製を作ることができるようになった。
本展ではそのあたりの、「写真」というメディアが確立するかしないかといううやむやした時代における新しい技術者たちの試行錯誤を紹介すると同時に、既存メディアの浮世絵サイドからもそうした新技術の台頭を「当世はやりもの」的に描いている様子など、新旧対照的に取り上げている点が興味深い。
そうしたなかでもアーティスト志向の人はいるわけで。単に写真をうまく撮るのでは物足りない。同じ肖像写真でも少し演出して変わったポージングや構図で、時には被写体を酒に酔わせてリラックスしたところを激写する写真家(横山松三郎)がいたり、下岡蓮杖の弟子で、子供の写真を上手に撮る「早撮りの江崎」で知られた江崎禮二は1700人の赤ん坊の写真を使ってなんとも言えないコラージュ作品を作ったりしている。
画家もまたこの新しいメディアを活用した。写真を撮ってそれを下書き代わりに精細な肖像画を描いた五姓田芳柳がおり、また先述の横山松三郎は印画紙の表面だけ薄く残すように裏面を削り、裏から油絵具で着彩する「写真油絵」という技法を開発した。この技術は、ある時代まで歴代東京都知事の肖像画に使われており、リアルともフェイクともつかない独特で不気味な(すみません)風合いを生み出している。
当時の写真は紙質の問題で劣化しやすかったのだろうか、かといって就任ごとに画家に頼んで肖像画を描いてもらうのは予算的時間的に厳しかったのかもしれない。写真油絵なら両者の中間的なところで、手軽に手描きの重厚さを演出できたのであろう。とはいえ写真油絵だって100年経てば劣化する。これが劣化するとなかなか壮絶な味わいとなるが、個人的には斬新なアートとして鑑賞に値すると思う。この技術は現代まで残らなかったようだが、どなたかまた再現してみてもらえないだろうか。
本展において来場者による撮影が許されたのは会場最後に展示された、佐藤寿々江氏による横綱白鵬関の優勝額である。これも実はモノクロ写真(ゼラチンシルバープリント)に油彩を施したもので、1951年から2013年まで同氏が優勝額を制作していたという。佐藤氏が引退した2014年以降はインクジェットプリントに切り替えられた。新しいメディアが普及していく裏側でひそかに失われていく技術と味がある。