2016年11月5日土曜日

都築響一さん

先週、高円寺の書店で開催されたトークイベントで、念願の都築響一さんの話を聴くことができた。

フリーランスの編集者として長年活躍した後、秘宝館やラブホテルをはじめ、デコトラ、ヤンキー、スナックといった「(興味はあるけど)あまり取材とかしたくないような」場所や人の元に赴いてレポートする活動を続けていらっしゃる。木村伊兵衛賞を受賞した写真家でもある。サブカルともストリートともつかぬ、“道ばた(ROADSIDER)”をこつこつと旅する、そのお仕事ぶりは唯一無二だ。

2012年にはブログを購読制のメールマガジン「ROADSIDERS’ weekly」としてリスタートし、書籍版「秘宝館」「LOVE HOTEL」のデータをまるっと収めた電子書籍(ダウンロード版、USB版)などをご自身オリジナルのメディアとして発行された。今や「紙の本にはまったく関心がない」と都築さんはきっぱり。

実は、私も自費出版の媒体みたいなことを考えておりまして。「リトルプレス」や「ZINE」なんていうとちょっと聞こえがいいけれど、お金かかるし、何部刷ったらいいのかも分からない。どうしたものかな、と悩んでいるところだったのだ。なので偶然とはいえ、都築さんが「電子がいい。電子しかない」と断言するその力強さに思わず「そっか!」と開眼したような気になってしまった次第。

決して紙のメディアを否定するわけではない。都築さんご自身ずっと雑誌の編集に携わってきたのだから愛着もおありになることだろう。しかし、だからこそ電子書籍がよりいっそう自由で、ご自分の活動スタイルに向いていると実感できるのかもしれない(ご本人は「いやいや個人ではそれしかできなかったので」と謙遜されるが)。電子の「秘宝館」は777ページでなんと1.8Gバイト。そこには大量の写真が収められている。紙媒体ではスペースが限られるため、大量の写真からベストな数枚を選ばなければならない。従来なら、そこに編集者の美学と哲学が凝縮されるはずでは。

「だけど僕は全部載せたい。読者だってきっと細部まで見たいはずなんですよ、秘宝館とか特に」。選ばない、という選択肢。全部まるっと載せちゃえ。高解像の画像を存分に拡大してじっくり見てもらったらいい。「今、ほとんどの写真がデジカメで撮られていますよね。だとしたら、それを表示するならデジタルのディスプレイが最も適しているはず。つくり手の思いをそのまま伝えられるのが電子書籍だと思うんです」。そもそも、紙の写真集で700ページといえば1冊7万円くらいになってしまうそう。電子書籍なら3,500円(税別)。それによって、もっともっと多くの人が“本”を手にすることができる。

出版の電子化は、編集者と読者の関係も大きく変えた。「皆さんが購読することで、僕の活動に対してお金を払ってくれていて、僕はそのお金でみんなが行けないようなところに行き、取材して、フィードバックする。読者というより、サポーターみたいな感じでいてくれるんです」。だから電子書籍ながら「手売り」が基本だ(もちろんROADSIDERSのオンラインショップ、書店などでも販売されています)。最後届けるところはアナログなんですね。「USB版とダウンロード版があって、USB版はイベントなんかで僕が手売りするんです。これまでに2000個くらい売りました」。

「秘宝館」のUSB版は小さなピンク色の缶のパッケージに入っていて、ちょっとした仕掛けもあってかわいらしく、「もの」として所有していたいような価値がある。友達にプレゼントしたっていいんじゃない。ダウンロード版(2,000円)は、遠方のため直接買うのが難しい方への対応策とのこと。実際は、USB版の方がダウンロード版よりも断然売れているそうだ。データはPDF形式なのでリーダーやデバイスのフォーマットに依拠しない。驚くことにコピーガードさえかけていない。コピーしてもらって構わない。守ったり囲い込んだり、そんなケチくさいことする間にもっと新しいネタ取材するわ。そんなオープンな姿勢を徹底的に貫いている。


「かつての出版では編集者 vs 編集者みたいな戦いが繰り広げられていた。今、僕にとってのライバルはアマチュアの人なんです」。その日の会場内にも、そういう方がいらっしゃるとかで、その方は世界中を旅して「珍仏」をコレクションしているのだそうだ。本業は別のお仕事をされているので一応アマチュア。しかしその知識やフィールドワークなど、プロの研究者にも劣らない内容だという。「こういう人たちとどうやりあっていくか。方法はたった1つ。ひたすら量をこなすしかありません」。

量。すなわちアマチュアよりもたくさん見る、アマチュアよりも遠くへ行く、アマチュアよりも危険な目に遭う! 要は、どれだけ自分の身を削れるか。それがプロとしての最後の砦というわけだ。誰も守ってなどくれない。業界、肩書、経歴など一切関係のない、過酷なフリーランスの世界。それでもやるって言うのなら、どこにも属さず、1人でやるって決めたなら、かっこつけてる場合じゃあないんだよ・・・都築さんはそう言葉にしたわけではないけれど、なんとなく凄みみたいなものを感じてしまったのである。

柔和な語り口と、ほわほわっとして、きっと目の前に座っていたらなんでも喋ってしまいたくなるだろう。そんな風貌と雰囲気の都築さんだが、その本質はきっともんのすごい骨太な覚悟のかたまり。ですよね。「好き」を貫くって、並大抵じゃないですよね。何かいいティップスを期待してふらふらと出かけ、「お、電子書籍私にもできそうじゃん」なんて調子に乗りかけたものの、最後に「なめんなよー」と返り討ちに遭ったような気持ちで書店をとぼとぼと後にしたのだった。でもすごく楽しかった。気合い入れて出直してきます!