某区某所にあるコインシャワー。
コインランドリーの奥にたしか3室か4室ほど設置されているのだが、この前を通る時にはいつも「使用中」と記された赤いランプが点灯しているため中を見たことがない。
実は管理者がずっと使用中にしてカギをかけているだけではないかという噂もあるほど、「あかずのシャワー」としてその場所は知られていた。
ある時、近所の小料理屋で飲んでいると、初老の男が「あのコインシャワーが空いたのを一度だけ見たことがある」とカウンターの女将に話しているのが聞こえてきた。
男はやんごとなき事由によりどうしてもシャワーを使いたかったため、何時間もランドリーのパイプ椅子に腰掛けて空くのを待っていたという。銭湯はどこも閉まっているような時間帯であった。
水の音はどの部屋からも聞こえていたそうだ。蛇口をひねる音、シャワーの音、しばらくして止み、またシャワーの音。 そして蛇口をひねる音――。男はその規則正しく繰り返される音の連鎖を聞いているうちにだんだん眠くなってきてしまった。
まったく空く様子もないので男はとうとう諦めて席を立った。既に白みかけている空の下へと歩みだそうとしたその時、背後でガチャリ、と音がした。
遂に、コインシャワーの扉が開いたのだった。
男が振り返ると、そこには小さな猿が立っていた。
ずぶ濡れの猿の足元には水たまりができ、その面積がじわじわと広がっていく。
猿はばつが悪そうに、呆気にとられた男の顔を見ていたが、すぐに「出口を間違えた」とでもいうようにコインシャワーのなかに入っていってしまった。扉が閉まると、使用中のランプが再び点灯した。
以後、ランプの明かりが消えたことはないという。
(終)
※まあ、すべて妄想です。