2016年2月26日金曜日

宮川香山展


没後100年 宮川香山
2016年2月24日(水)~4月17日(日)
サントリー美術館


宮川香山。 こちらも明治を駆け抜けた作家であるが、もう圧倒的。凄すぎる。大好きだ。

鉢の口にリアルな蟹が足をかけている作品は見たことがあったのだが、田邊哲人コレクションは想像を遙かに超えていた。

高浮彫と呼ばれる、自ら開発したハイレリーフの技法により、陶器の表面を花鳥風月、神様、獄卒、建築まであらゆるモチーフで盛って、盛って、盛りまくる。極盛り、全部盛り、大盛り上がり。いわゆる「カワイイ」とは全然違う方向性、むしろ「コワイ」。でも、カワイイの本質ってコワイかも。ええもう、冷静ではいられない。

これでもか、これでもか、と狂気すら感じるほどに盛られ、あるいはグロテスクなまでにえぐられた花瓶や器。驚くようなアイデアの上に技術が精細で非の打ち所がないものだから、見る方はもうくたくたで作家の有り余るエネルギーを受け止めきれない。もはや美のバイオレンスである。

壺だの、皿だの、あるべき原型はとっくにとどめておらず、当然のことながら機能とか無視。わずかに残された平らな面に背景が描かれ、そこから突然立ち上がってくる立体の植物や動物たち。先日、理論物理学の超弦理論を扱った映像を見てきたところで、まさに2次元から9次元まで自在に行き来するような、魔術のような世界観がそのまま、香山の作品に再現されているように思えた。

今にもはばたこうとする鶉の半身は器のなかに埋まっている。鼠の尻尾も半分は平面に描かれ、半分から先の身体は空間に飛び出している。どこまでを2次元にして、どこから3次元として立ち上げていくのか。香山の凄みは次元を超越した構成力にあると言えるかもしれない。

そもそもベースが器である必要あるのかと思うが、きっと必要あるのである。独自のやきものとして確立しなければならない環境、世界の工芸に打って出たいという野望もあるだろうが、それ以前にこの人の才能が凄すぎて、器という枠組み・制約をかろうじてもっておかないと、たぎる創造のマグマが押さえきれなかったのではないだろうか。

で、もっと驚くのはフロアを降りた会場後半。ガラリ。ほんとうにそんな音が聞こえそうなほど、前半とはうってかわった静謐な世界にまた度肝を抜かれる。明治十年代半ばから取り組み始めたという透明感ある磁器の高貴で優雅なこと。縄文土器と弥生土器くらいの違いである。本当に一人の人間かしら、こんな魔法みたいなことがあるのかしらと思うほど、極端にかけ離れた次元を自在に行き来できる天才、宮川香山。評価? そんなの必要? 誰にも文句は言わせない。まさに次元が違う。そんな迫力に満ちている。